詩や雑記などをとりとめもなく書いております。ゴルフもちまちま。滞りつつ更新中。
2008
モンハン、いい加減飽きてきました。
この前「ミラルーツZ」シリーズ作ってしまって、一気に飽きがきたような…。
もうこれ以上高い防御力の防具は無いっぽいし、
龍属性の攻撃してくるモンスター以外には大体これでいいような気もします。
(聴覚保護は除く)
武器も一通り強そうな感じのものは作ったので、
残念ながら、もう倒せないモンスターがいなくなってしまったという感じに。
後は週末に兄が来るときは、一緒に狩ったりするぐらいしかプレイしないかもです。
ただ、攻略本買ったらまたやったりするかもしれません。
というか、発売してすぐのゲームをプレイするのが久々で、
いつも最近(ここ数年)は、攻略本読みながら遊ぶのが多かったので、
なんだか不思議な気分です。
自分の場合、いわゆる「完全攻略本」なるものが既に出たゲームを
初めてプレイする場合、ソフトを中古で買って、同時にその本も買うのです。
なんというか、特にRPGとかそうなんですが、
何度も何度も繰り返しプレイする程ハマるとは限らないので、
だったら一周目でせめて最良の状態で攻略したい、と思ってしまうのです。
ストーリーが長いので、プレイは一周でいいかな、と思い始めた時に、
後で攻略本とかサイトで知って、取り忘れた優秀なアイテムとか、
そういったものがあったりすると、何とも言えない感じになってしまうので…。
悔しいとかそういった感じではなくて、不完全燃焼感、とでも言うのでしょうか、
もやもや~、とした感じ。
という訳で(?)、去年だったかに買った、「サモンナイト4」を、
また始めてみました。
途中で色々あってやめてしまったのですが、
特にやるゲームがない上に、わざわざまた新しく買うほどでもない感じだったし、
攻略本久々に読んでいたらまたやりたくなってきたので。
…なんか「冷し中華始めました」ぐらいどうでもいいですね。
それと去年もこのくらいの時期にプレイしてたような気も。
色々あったし、本当に疲れててゲームどころではなかったのかもです。
この前「ミラルーツZ」シリーズ作ってしまって、一気に飽きがきたような…。
もうこれ以上高い防御力の防具は無いっぽいし、
龍属性の攻撃してくるモンスター以外には大体これでいいような気もします。
(聴覚保護は除く)
武器も一通り強そうな感じのものは作ったので、
残念ながら、もう倒せないモンスターがいなくなってしまったという感じに。
後は週末に兄が来るときは、一緒に狩ったりするぐらいしかプレイしないかもです。
ただ、攻略本買ったらまたやったりするかもしれません。
というか、発売してすぐのゲームをプレイするのが久々で、
いつも最近(ここ数年)は、攻略本読みながら遊ぶのが多かったので、
なんだか不思議な気分です。
自分の場合、いわゆる「完全攻略本」なるものが既に出たゲームを
初めてプレイする場合、ソフトを中古で買って、同時にその本も買うのです。
なんというか、特にRPGとかそうなんですが、
何度も何度も繰り返しプレイする程ハマるとは限らないので、
だったら一周目でせめて最良の状態で攻略したい、と思ってしまうのです。
ストーリーが長いので、プレイは一周でいいかな、と思い始めた時に、
後で攻略本とかサイトで知って、取り忘れた優秀なアイテムとか、
そういったものがあったりすると、何とも言えない感じになってしまうので…。
悔しいとかそういった感じではなくて、不完全燃焼感、とでも言うのでしょうか、
もやもや~、とした感じ。
という訳で(?)、去年だったかに買った、「サモンナイト4」を、
また始めてみました。
途中で色々あってやめてしまったのですが、
特にやるゲームがない上に、わざわざまた新しく買うほどでもない感じだったし、
攻略本久々に読んでいたらまたやりたくなってきたので。
…なんか「冷し中華始めました」ぐらいどうでもいいですね。
それと去年もこのくらいの時期にプレイしてたような気も。
色々あったし、本当に疲れててゲームどころではなかったのかもです。
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2008
深い水の底で
僕は溺れていた
なんだかとても苦しくて
それはいつまでも続くような気がしていた
よく見てみるとなんてことはないただの水溜まり
きっと自然にできたものだろうと思った
世界なんて全部自然にできたもの
それ以外ってあっただろうか
やがて乾いて消えてなくなってしまう
けれど底の方でなにか光るもの
近づいてみると透明な結晶
それは宝石でも何でもないただの塩だった
当たり前のようにそこにはあるのに
当たり前のようにここにはなくて
そんなごく当たり前のことを考えている
それもきっと当たり前なんだと思った
誰かが流した滴の一粒で僕は溺れ
また客観的にそのことを眺めている
乾いたワジで結晶を見つけ
それによって当然の意味を知る
本当の答えなんて皆解らない
自分にだって解らない
この星だってもしかしたら
誰かの一滴なのかもしれないのだから
2008
登山してますね。日本人の年配の方が。(名前忘れましたすみません)
でも、今日ネットでニュース見てたら気になる記事が。
「最高齢でエベレスト登頂」
あ、もう登頂したんだ?と思ったら、なんだか日本人ではないようで…。
そこで今挑戦中の日本人の方の年齢を見てみたら、
その外国の方の1歳年下でした。
んー。ということは、もし今登頂成功しても、
世界最高齢での登頂にはならないような。
なんだか、同じ日本人として、
全く悔しくないという訳ではないというか、微妙な感じは否めません。
もしかして、狙ってあえてこの時期にしたのだろうか、とか思ったり。
その外国の方がどこかから情報を得て、
自分ならその日本人より一つ上だし、すぐには記録更新されないと踏んで、
行動に移したのかな、とか…。
いや、でももしそうでも、実際その方は世界最高齢でのすごい記録を作った訳で、
それは賞賛に値すると思います。
ただなんとなく、時期が時期だけに、何とも。
日本人の方も、もうすぐ登頂へ向けて挑まれるようで、
無事に成功を祈っております。
でも、今日ネットでニュース見てたら気になる記事が。
「最高齢でエベレスト登頂」
あ、もう登頂したんだ?と思ったら、なんだか日本人ではないようで…。
そこで今挑戦中の日本人の方の年齢を見てみたら、
その外国の方の1歳年下でした。
んー。ということは、もし今登頂成功しても、
世界最高齢での登頂にはならないような。
なんだか、同じ日本人として、
全く悔しくないという訳ではないというか、微妙な感じは否めません。
もしかして、狙ってあえてこの時期にしたのだろうか、とか思ったり。
その外国の方がどこかから情報を得て、
自分ならその日本人より一つ上だし、すぐには記録更新されないと踏んで、
行動に移したのかな、とか…。
いや、でももしそうでも、実際その方は世界最高齢でのすごい記録を作った訳で、
それは賞賛に値すると思います。
ただなんとなく、時期が時期だけに、何とも。
日本人の方も、もうすぐ登頂へ向けて挑まれるようで、
無事に成功を祈っております。
2008
2008
今日は一日中、スカイ・クロラシリーズを読んでました。
やっぱりいつも同じところで引っかかるというか、疑問に思うのです。
推理小説っぽくはないのですが、謎はあるような気がします。
もしかしたら、自分が「謎」だと思っているだけで、
他の読んでいる方には至って通常というか、
そんなの謎でも何でもないというものに過ぎないのかもしれませんが。
最近よく思うのですが、全ての物事は、アート、つまりは芸術なんじゃないかな、と。
ある意味これは個人的な感じ方、または捉え方の問題であって、
自分がそう思う、というだけなのですが。
視覚や聴覚だけに限らず、五感を使って感じられるものはそう思うのです。
どうして「自然」が多くの人に受け入れられるのかという問題には、
多数の答えがあると思うのですが、自分はこう思いました。
「自然というものは、五感のうち、多数の感覚に訴えかけることができる」
ということです。
五感と言っても、個人によって、好む感覚は異なると思います。
ある人は「景色」だったり、ある人は「音」だったり、
またある人は「味」だったり、というように。
多数の感覚に訴えかけることができるということは、
それだけ多くのニーズに答えることができるということにもなるのでは?
と思ったのです。
どうしても、近年は視覚や聴覚による情報が多いように思われます。
とは言っても、大昔を生きた人間ではないので、詳しいことはわかりませんが。
ただ、この二つの感覚の利点は、「多くの情報を送信できる」ことと、
「発信源から離れていても伝わる」ことではないでしょうか。
つまりは、より多くの人間に向けることができるということです。
ある意味、最も『広告』に適した感覚であるとも言えるような気がします。
そしてやはり、テレビの影響も大きいように思います。
これら2つの感覚に対抗(?)するには、
やはり他の感覚にも同様の意味を持たせることなのかな、と。
例えば、「触覚」で言うならば、点字があります。
これは確か新聞もあったような気がしますし、
情報を伝える分には問題はないのですが、
発信源から離れていては伝わらないのが難点といえば難点です。
物に触れるには、側に近寄る必要があるということです。
「味覚」や「嗅覚」は、『食』に関する事柄が多いような気もしますが、
「嗅覚」ならば、発信源から離れていても伝わります。
ただ、多くの情報をそれに含ませるのは難しい気もしないでもありません。
うーん。例えば、法則を決めればいいということなのでしょうか。
ハーブの香りなら、「安全」とか、○○○(自己規制)の香りなら「危険」とか。
色々な意味で、現実的ではないです、ね。
話がそれてしまいましたが、結局、
どんな物事にも、芸術性があるように思われるのです。
それら全てが多くの人間に受け入れられるかそうでないかは別として、ですが。
マニア、であるとか、趣味であるとか、一つの事にこだわりを持って接することも、
ある意味、無意識に芸術性を求めてのことではないでしょうか。
そもそも、何をもって「普通」と言うのかが理解できません。
「一般的」という事ならば、
きっと、全ての事柄で「一般的」な人間はいないような気がします。
学校とか、教育のあり方がもう既に、
「普通」の人間を頑張って育てようとしているような。
一般教養を教えて、これが普通なんだ、こうあるべきなんだと伝える。
そしてその枠から少しでも外れた者が出ると、
無理にでも矯正させようとむきになる。
そもそも一般教養なんて生きていく上では必要のないものばかりで、
今思えば、もっと大事なことを教えて欲しかったような気もしないでもないです。
ただ、当時の自分がもしそれを教えてもらったとしても、
受け入れたかどうかはわかりませんが。
「受験」というものも、何だか変な感じです。
他人と比較する上では仕方のない制度なのかもしれませんが、
そんなものでは本当の意味でその人間を知ることはできないような気がします。
物事に全て「形」があるとするならば、
本当はどれも凹凸のある変わった形をしていて、
真の球形なんてどこにも転がっていないんだ。
僕達がそれを『球』だと信じて疑わないのは、
幼い頃、ボールで遊んだ記憶が頭に残っているから。
ボールだって、実際は真球じゃない。
それに似せて作ってあるだけで、フェイクなんだ。
だけど真球なんて、触れただけでもう次の瞬間には真球じゃなくなっていて、
映像として眺めることしかできない、現実的じゃない。
そんな幻想をいつまでも描いているくらいなら、
少なくとも僕はこの凸凹した現実を受け入れることから始めよう。
これだって、見方によっては面白いし、
そんなことより何よりも、「アート」じゃないだろうか。
やっぱりいつも同じところで引っかかるというか、疑問に思うのです。
推理小説っぽくはないのですが、謎はあるような気がします。
もしかしたら、自分が「謎」だと思っているだけで、
他の読んでいる方には至って通常というか、
そんなの謎でも何でもないというものに過ぎないのかもしれませんが。
最近よく思うのですが、全ての物事は、アート、つまりは芸術なんじゃないかな、と。
ある意味これは個人的な感じ方、または捉え方の問題であって、
自分がそう思う、というだけなのですが。
視覚や聴覚だけに限らず、五感を使って感じられるものはそう思うのです。
どうして「自然」が多くの人に受け入れられるのかという問題には、
多数の答えがあると思うのですが、自分はこう思いました。
「自然というものは、五感のうち、多数の感覚に訴えかけることができる」
ということです。
五感と言っても、個人によって、好む感覚は異なると思います。
ある人は「景色」だったり、ある人は「音」だったり、
またある人は「味」だったり、というように。
多数の感覚に訴えかけることができるということは、
それだけ多くのニーズに答えることができるということにもなるのでは?
と思ったのです。
どうしても、近年は視覚や聴覚による情報が多いように思われます。
とは言っても、大昔を生きた人間ではないので、詳しいことはわかりませんが。
ただ、この二つの感覚の利点は、「多くの情報を送信できる」ことと、
「発信源から離れていても伝わる」ことではないでしょうか。
つまりは、より多くの人間に向けることができるということです。
ある意味、最も『広告』に適した感覚であるとも言えるような気がします。
そしてやはり、テレビの影響も大きいように思います。
これら2つの感覚に対抗(?)するには、
やはり他の感覚にも同様の意味を持たせることなのかな、と。
例えば、「触覚」で言うならば、点字があります。
これは確か新聞もあったような気がしますし、
情報を伝える分には問題はないのですが、
発信源から離れていては伝わらないのが難点といえば難点です。
物に触れるには、側に近寄る必要があるということです。
「味覚」や「嗅覚」は、『食』に関する事柄が多いような気もしますが、
「嗅覚」ならば、発信源から離れていても伝わります。
ただ、多くの情報をそれに含ませるのは難しい気もしないでもありません。
うーん。例えば、法則を決めればいいということなのでしょうか。
ハーブの香りなら、「安全」とか、○○○(自己規制)の香りなら「危険」とか。
色々な意味で、現実的ではないです、ね。
話がそれてしまいましたが、結局、
どんな物事にも、芸術性があるように思われるのです。
それら全てが多くの人間に受け入れられるかそうでないかは別として、ですが。
マニア、であるとか、趣味であるとか、一つの事にこだわりを持って接することも、
ある意味、無意識に芸術性を求めてのことではないでしょうか。
そもそも、何をもって「普通」と言うのかが理解できません。
「一般的」という事ならば、
きっと、全ての事柄で「一般的」な人間はいないような気がします。
学校とか、教育のあり方がもう既に、
「普通」の人間を頑張って育てようとしているような。
一般教養を教えて、これが普通なんだ、こうあるべきなんだと伝える。
そしてその枠から少しでも外れた者が出ると、
無理にでも矯正させようとむきになる。
そもそも一般教養なんて生きていく上では必要のないものばかりで、
今思えば、もっと大事なことを教えて欲しかったような気もしないでもないです。
ただ、当時の自分がもしそれを教えてもらったとしても、
受け入れたかどうかはわかりませんが。
「受験」というものも、何だか変な感じです。
他人と比較する上では仕方のない制度なのかもしれませんが、
そんなものでは本当の意味でその人間を知ることはできないような気がします。
物事に全て「形」があるとするならば、
本当はどれも凹凸のある変わった形をしていて、
真の球形なんてどこにも転がっていないんだ。
僕達がそれを『球』だと信じて疑わないのは、
幼い頃、ボールで遊んだ記憶が頭に残っているから。
ボールだって、実際は真球じゃない。
それに似せて作ってあるだけで、フェイクなんだ。
だけど真球なんて、触れただけでもう次の瞬間には真球じゃなくなっていて、
映像として眺めることしかできない、現実的じゃない。
そんな幻想をいつまでも描いているくらいなら、
少なくとも僕はこの凸凹した現実を受け入れることから始めよう。
これだって、見方によっては面白いし、
そんなことより何よりも、「アート」じゃないだろうか。
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プロフィール
HN:
銀兎
レベル:
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性別:
男性
誕生日:
1984/10/29
職業:
会社員
趣味:
ゴルフ、音楽鑑賞(ロック・ポップ系の邦楽多め)、ゲーム、詩を書くこと、読書、飲酒(ぉ
自己紹介:
銀兎(ぎんと。と読みます)
ある場所ではカラス。
またある場所ではキーレス
というHNも使っています。
どちらかと言えば、かっこいいものよりも、かわいいもの、やわらかいものの方が好き。
ゲームで言えばRPG好き。
でも最近はレベル上げがたるいのでRPGプレイ時間減少中。
嫌いな食べ物は
ほぼありませんが、
生姜風味のかりんとうだけは食べられません。(嘔吐経験あり)
※妄想癖あり。
ある場所ではカラス。
またある場所ではキーレス
というHNも使っています。
どちらかと言えば、かっこいいものよりも、かわいいもの、やわらかいものの方が好き。
ゲームで言えばRPG好き。
でも最近はレベル上げがたるいのでRPGプレイ時間減少中。
嫌いな食べ物は
ほぼありませんが、
生姜風味のかりんとうだけは食べられません。(嘔吐経験あり)
※妄想癖あり。
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